読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

先の潰れたロケットのようなペットボトル

本邦における2大スポーツドリンクといえば、
ポカリスエットアクエリアス

風邪などの体調不良の時には、ポカリスエット
平常時の運動の後には、アクエリアスが適しているらしい。

僕は病院に入り浸りだった幼少期に、誰に教えられるでもなく
そのことを学んだ。

 


大学の卒業式が終わった後、見事に発熱をいただいて寝込んでいた。

どうせすぐ院の入学式など関係なく研究室の用が始まるだろうから、
どっか一人ででも旅行してやろうかしらと、取っておいた土日も、
みんなでどこかに行こうかと相談していた月曜日もすっぽかしてしまった。



発熱時の朦朧とした意識と、横たわるだけの無為な空気との相乗効果で
体感時間は小さな子供の頃に戻ったようだった。

ツイッターのTLには新天地へ引っ越して新生活を始める慌ただしい空気が流れている。

いつも周りとは何かがすれ違う。



こういう時のために備えてあったポカリスエット
2Lペットボトルをよく見ると、頭がなぜか少し凹んでいる。
そのままそいつが、離陸して月まで行けるんじゃないかって想像した。
凹んでたって関係ない。飛んでいけると信じたい。


f:id:kamiyaculture:20170328020701j:image

雪の思い出 その1

僕のルーツは中国山地の山間部の集落にある。
あまりイメージはないかもしれないが、中国地方は最西端の豪雪地帯で
冬の雪に苦しめられる場所にギリギリ入っている。
雪のニュースになると、懐かしい地名をよく耳にするのでノスタルジーに浸ることもある。

 

小学校への通学路には雪がいっぱいに積もって、スキーウェアを着てテクテク歩いて登校していた。ストーブが家庭にある時代に生まれたおかげで、小さい子供の時分は心置きなく雪をみてはしゃぐことができた。大人だったら雪かきの心配や、屋根からずり落ちてくる雪の心配でいっぱいいっぱいである。

通学路に点在する高い高い竹林が、雪の重みでたわんで
アーチ状の屋根のようになっている中を、 先っぽを思いっきり引っ張って離して
雪まみれになるのが楽しかった。普段あんなに遠くにあるものに手が届いた。


登下校はいつだって雪合戦の戦場になるから気が抜けなかった。
雪玉が握りやすいような手袋を買ってもらってた。
雪玉のために雪を掘り返しすぎると、土や石がくっついてきたし、
側溝が雪で隠れて危ないから、足でつついて崩すとズボっと穴があくのも
何だか楽しかった。
今見えている世界の底には普段の世界があることが垣間見えて安心した。

新雪が一番嬉しかった。柔らかくて、踏みしめれば「ギュムムム」と感触が伝わるし、
雪玉が作りやすかった。飛び込めばまるでベッドのようだった。
日が経つと徐々に外側から凍ってゆく。まだ初めの頃は外カリ中フワみたいだけど、
だんだんただの氷塊になってゆくのだった。
雪も死ぬんだと知った。

 

日が暮れた、一面見渡す限りの雪景色では、一年で最も静かな時間が訪れる。
人の声も、獣の声も、風の声も水の声も、森の木々が揺れる声もしない。
冷たさが、五感で感じられる何もかもを固めて、
「しーん」という擬音語すら陳腐に思える、無音さえ鳴らない本物の静寂がある。
同じ静寂を聞けることがあるとすれば、宇宙に行くか死んだ時かもしれない。

 

 

「ハァ中に入りんさいや。風邪引くけぇ。ストーブの前ェ来てあったまらにゃあ。」
という声が破壊するのは静寂だけではないのです。

マクドナルドの思い出

久しぶりにマクドナルドを利用した。
ダブルチーズバーガーと、ポテトのS。
ほんとはチキンナゲットも欲しかった。

 

僕が初めてマクドナルドを知ったのは幼稚園の時、
少し離れたスーパーの敷地にデデンとできた時だった。

アメリカのマクドナルド一号店を意識した外装です、と書いてあった。

ドライブスルーというものを、母親の車の中から「不思議だな」と思っていた。
人の声がして、注文を受け付けて、少し進むと店員のお姉さんが包みを渡してくれる。
中を見たら、僕が思っていた通りのものがピタリと入っていて、びっくりしたものだ。
味はよく覚えていない。けど、なんとなくかっこよかった。

 

今は別のところにそのマクドナルドは移転している。スーパーも郊外型の店舗に客を取られて寂しそうにしている。
僕は違うところに住んで、その頃より味気ない日々をただただ過ごしている。食事にも高級とか庶民的とかがあって、マクドはファストフードだというのを知ったのもかなり後のことだった。

 

当時は父親がマスタードしか頼んでくれなかったけど、
僕が好きなマックナゲットのソースはバーベキューです。

はじめに

暇になった時に自分のことを色々思い出して書きます。

気持ちがうまく言えるようになりたいので、
その訓練のつもりで。